夏休みで家にいるので、母の代わりに家事をしています。
今日のお昼は牡蠣フライ。
お刺身で食べられるような牡蠣を買ってきてフライにしました。(母がいつもそうするので。加熱用はあまり買わないんです)
父と二番目の兄と弟は同じ会社に勤めていて、その会社は家のすぐ近くなもんですから、父と兄はご飯を食べに家に戻ってきます。(弟はなぜか外で食べる)
で、二人に牡蠣フライを出したわけですよ。
父には美味しいものを食べさせようとする母を見習って、父が帰ってきそうなタイミングで揚げるから、定食屋並みに出来立てが食べられるわけです。
ちょっと遅れて戻ってきた兄のために揚げていたら、先に食べていた父が感想を一言。
「この牡蠣、おいしいね」
うむ。。。作った者としては微妙な表現だ。
「牡蠣フライ、おいしいね」じゃないんですよ。「牡蠣、おいしいね」なんです。
牡蠣フライがおいしいんだったら、私の料理が美味しいということになるから、単純な私は素直に喜べるわけです。
でも、牡蠣を褒められたら、シーズンだからとか、刺身用だからとかいう返事になってしまう。
もちろん、料理がまずかったらそもそも牡蠣も褒められないわけだから、牡蠣を褒めたということは、料理はまずくないということなんでしょうけれど。
牡蠣フライくらい、別に初めて作ったわけじゃなし、すごく手間のかかる料理でもなし、何をそんなにと思う方もいるかもしれません。
何に引っかかったかというと、主婦ってこういうものなんだな、と。
美味しく食べられる料理を作るのは当たり前なわけですよ。うちの父も、私が子供の頃に作った料理はいちいち褒めてくれた気がしますが、最近は余程珍しいものを作らない限りは食卓の話題に夢中で料理の話はしなくなりました。
今日、久しぶりに食べ物についてコメントしてくれたと思ったら、素材についてだった…。
掃除はするのが当たり前。料理は美味しくて当たり前。
いちいちそんなのを褒めてくれるのは新婚時代だけ。
だから専業主婦が生活を虚しく感じたりするんだろうな~。
うむ。それでもここに喜びを見出すのが主婦の務めか?
世の中の専業主婦の皆さま、毎日御苦労様です!!
2009年11月11日水曜日
日本ミュージカルの一区切り
市橋容疑者の逮捕のニュースに紛れてしまって、中くらいの扱いでしたが、昨日、俳優の森繁久彌さんが亡くなりました。
日本で初めて上演された日本語のミュージカルは「屋根の上のバイオリン弾き」です。
そこで初代の主演(テヴィエ役)をされたのが森繁さん。
つまり、日本語ミュージカルの第一号だったわけです。
私自身は森繁さんの舞台を見たことはありません。
でも、昨日のニュースを聞いて、「日本のミュージカルは次の世代へと引き継がれるんだな」と思いました。
「バイオリン弾き」の主役として数えたら、今の市村正親さんは5代目にあたります。でも、ミュージカル界を担う人材としては2代目くらいの位置になるんじゃないかと私は勝手に思っています。
日本ミュージカルの黎明期が森繁さんたちで、次が鹿賀丈志さんとか市村さんとか、ちょっと年齢下がるけど、祐さんとか。
2代目の人たちは、鹿賀さんみたいにテレビに舞台に…という人もいますが、祐さんや市村さんのようにほとんどテレビには出ず(例外的にちょろっと出演するけど)、舞台のみで確固たる地位を築いている人たちが増えているように思います。市村さんは最近、ストレートプレイの方に比重を置き始めた感じがするけれど、祐さんはまだまだミュージカル一本。(これまた例外的にストレートプレイに出ることはありますが)
こういう人が増えていくことは、ミュージカル界の底上げには大切なことだと思います。
(反面、井の中の蛙にならぬように、意識を高く持たなければいけませんね。。。)
今注目されている若い人たちは3代目って感じかな。(この2代目と3代目の間の実力差っていうか、存在感にはまだまだ大きな開きがありますが、それはこれから埋められていくんでしょうね。ていうか、埋めていってほしい!)
日本のオリジナルミュージカルがもっと盛んになってくれると嬉しいんだけどな。
いろいろ出てはいますが、出演者にアイドルを使わなくても、「エリザベート」並みにお客が集められるようなオリジナルができてほしいと思います。
ミュージカルファンとしてはね!
日本で初めて上演された日本語のミュージカルは「屋根の上のバイオリン弾き」です。
そこで初代の主演(テヴィエ役)をされたのが森繁さん。
つまり、日本語ミュージカルの第一号だったわけです。
私自身は森繁さんの舞台を見たことはありません。
でも、昨日のニュースを聞いて、「日本のミュージカルは次の世代へと引き継がれるんだな」と思いました。
「バイオリン弾き」の主役として数えたら、今の市村正親さんは5代目にあたります。でも、ミュージカル界を担う人材としては2代目くらいの位置になるんじゃないかと私は勝手に思っています。
日本ミュージカルの黎明期が森繁さんたちで、次が鹿賀丈志さんとか市村さんとか、ちょっと年齢下がるけど、祐さんとか。
2代目の人たちは、鹿賀さんみたいにテレビに舞台に…という人もいますが、祐さんや市村さんのようにほとんどテレビには出ず(例外的にちょろっと出演するけど)、舞台のみで確固たる地位を築いている人たちが増えているように思います。市村さんは最近、ストレートプレイの方に比重を置き始めた感じがするけれど、祐さんはまだまだミュージカル一本。(これまた例外的にストレートプレイに出ることはありますが)
こういう人が増えていくことは、ミュージカル界の底上げには大切なことだと思います。
(反面、井の中の蛙にならぬように、意識を高く持たなければいけませんね。。。)
今注目されている若い人たちは3代目って感じかな。(この2代目と3代目の間の実力差っていうか、存在感にはまだまだ大きな開きがありますが、それはこれから埋められていくんでしょうね。ていうか、埋めていってほしい!)
日本のオリジナルミュージカルがもっと盛んになってくれると嬉しいんだけどな。
いろいろ出てはいますが、出演者にアイドルを使わなくても、「エリザベート」並みにお客が集められるようなオリジナルができてほしいと思います。
ミュージカルファンとしてはね!
2009年11月10日火曜日
旅のお話~越後湯沢編~

旅の3日目、朝起きてカーテンを開けてびっくり。
夜は何も見えなかった窓の外には紅葉の山。
そうか~、外はスキー場だったんだぁ。どうりで明かりが全く見えなかったわけだ。
紅葉なんてしばらく見ていないなぁ。。。
なんだか人間の心が戻ってきたような気がする。。。やっぱり自然を見る時間って、必要なんだな。
一旦駅まで行ったんですが、このまま帰るのももったいないので、ガイドブックに出ていた滝を見て、町の温泉施設に行ってお風呂に入ろうと思い立ちました。
邪魔な手荷物は駅のコインロッカーに預けて、さあ出発!
目指すは「不動の滝」。山を登っていくと、案内板をビデオカメラで撮っていたおじさんにいきなり話しかけられました。
「山の上はもう入れなかったよ」
「はい??」
「ロープウェーで行ってみたけど。もう上に行った?」
「いいえ」
「あっちはねえ、もう雪が降ったから通行禁止なんだって。せっかく上まで上がったのに」
「そうなんですかぁ」
私はロープウェーに乗る気などなかったのですが、とりあえず相槌を打ったという感じ。
目指す場所が同じなので、その後の道はおじさんと一緒になりました。
知らない人と自分から話すタイプではない私は、尋ねられたことに答えるだけなんですが、話すうちにおじさんは50年近く前、私が子供のころに住んでいた町でケーキ屋をしていたということがわかりました。
「私はね、もう75歳なんだよ。私があそこにいたときには、まだあんたは生まれてないね」
75歳!そうは見えません!!(せいぜい65くらいかと思っていました。だってすごくお元気だし、足腰がしっかりしているし。話し方もメリハリがあるし)
私の人生、このおじさんの半分もありません…。
滝に向かう途中の山は、やはり紅葉が綺麗。ロープウェーで上がったところは、すでに落葉しているそうですが、山の途中は今が見ごろ。
おじさんは家に帰ったらビデオカメラをテレビにつなげて、子供や孫に映像を見せるんだと言って、映画のような素晴らしいアングルで映像を撮りながら進んでいきます。
「7年前にね、奥さんが亡くなったんだよ。それまでは二人で旅をしていたから、急に一人になってさびしくてね。友達と旅をしようと思ったら、友達はダメなんだよ。意見が合わなくて。みんなで行きたいところが違うんだから。だから一人がいい。最近はそう思うね。一人で旅をして、こうして知らない人と知り合いになるのが楽しい。でもね、奥さんを連れてきているんだよ、ほら」
とウェストポーチの中から、亡くなった奥さんの写真を出してくれました。
いい夫婦だ…。
きっと奥さんは幸せだったんでしょうね。
おじさんのカメラワークの真似をして、私も携帯のビデオ機能で下から上へ滝を撮ってみましたが、やっぱり普通のデジタルカメラには敵いません。大して迫力出ず。残念。
さっきも書いたように、私はこの後、町の温泉施設に行ってお風呂に入ろうと思っていたのですが、おじさんが「お昼を一緒に食べよう。お米がいいから、おにぎりが美味しいんだよ」と言うので、一緒に行くことにしました。
だって、私が一人だったら、コンビニのサンドイッチで済ませかねないんだもの。
新潟と言えば「米」ですよね。米と水が美味しいところは「お酒」も美味しい。
私が食事だけの注文でしたが、おじさんは「八海山」も頼んで、ご満悦。私にも注文しようとしたので、断ったんですが、食事の間中、何度も勧められてしまったので昼間からではありますが、私も八海山を1杯。
…酔った。1杯で。
山を歩いた後だからかな。
食事中、おじさんがいきなり私に「今の総理大臣って、何人目か知ってる?」と言ってきました。
何人目?!
「…第…何代って言っていましたっけ?」
と私が考えていると、
「何代じゃなくて、何人目。ほら、一人で何回もやっているのがいるから、そういうのは1人なの」
「さあ…。受験のころに覚えましたが、もう覚えてないですねえ。伊藤…黒田…」
「ちょうど60人だよ」
そしておじさんは伊藤博文から鳩山由紀夫まであっさり言ってのけました。ホントだ、60人だ。
「何か覚えていないとボケちゃうからさ。じゃあね、天皇は?」
「天皇?神武天皇からですか?!」
「そう」
「ええっと…神武、綏靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化。ここまでです。小学生の時に覚えようとして、ここで挫折したんです」
「なかなかやるじゃない」
お褒めいただいたのは嬉しいのですが、おじさんが今の天皇までの名前をすべて言うのを聞きながら、私はただただびっくり。
その後、おじさんのボケ防止のための暗記の披露は京浜東北線と山手線の駅名へと移りました。
これには付いて行きましたよ!私も言えますもん。(ただし、京浜東北線で私が言えるのは田端から大船まで。大宮の方はよくわかっていない)
「私がこういうことするとね、周りには馬鹿にされることが多いんだよな。付き合ってくれたのはあんたくらいだ」
…でしょうね。引かないで聞いていた自分が珍しいと思います。
そんなこんなで時間が経ち、これからローカル線で東京へ戻るには時間が遅くなってしまいました。
お酒も飲んじゃったし。
仕方がないので、越後湯沢からは新幹線で帰ってきました。
普段、知らない人と仕事以外の場で話すことは嫌うんですが、山の紅葉効果でしょうか。こういうことが人間らしさのように思えました。
去年の東北一人旅同様、ロボットから人間になった心持で帰ってきたのでした。
旅のお話~NASPAニューオータニ編~



ローカル線で4時間もかけて移動してきたとは思えぬ贅沢をした越後湯沢の夜。
とまったのは「NASPAニューオータニ」というホテル。しかも…生まれて初めての~~~
ジュニアスイートルーム♪☆
いや~。気が狂ったかね、私。
でもね、1回は経験してみたかったんですよ。ジュニアだろうがなんだろうが、「スイートルーム」と名のつくヤツを。
ホテルのロビーには、どどん!と大きなクリスマスツリー。もうクリスマスなんですね、巷は。。。(私は夏休み)
私が泊まる部屋は「タワー棟」の21階。ロビーに出るのとか、大浴場に行くのとか、いちいちエレベーターでぐい~んと降りなければいけないのは面倒くさいけれど、まあいいやね。
部屋に入ると、まずびっくりしたのがウォークインクローゼットがあること。人が3人くらい余裕で入れそうな広さ。自分の家にはもちろんこんなものはないので、それだけでリッチな気分。
そしてリビングには大きなテレビとソファ。冷蔵庫の上にはIHのクッキングヒーターに、飲料水用の水道。
さすがスイートですねぇ~。リビングとベッドルームが別々だし。ベッドルームには小さいテレビ(一般家庭サイズ?)と、浴衣などが入っている棚と、テーブル&椅子、小さめ(1ルームマンションにありそうな大きさ)のクローゼット。ベッドルームはバスルームにつながっているんですが、びっくりしたのがバスルームのほかにシャワー室もあったこと。バスルームにももちろんシャワーはあるわけですが、シャワーだけの部屋が一つ。
洗面所の隣に化粧台。どれもこれも広い。
わ~いわ~い。ひろ~~い。ぜいたくぅ♪
夕食はメイン棟のレストランで。フランス料理のフルコース☆
新潟牛のステーキがね、すっごく美味しかったんですよ~。それから魚沼産コシヒカリのリゾット。
「おひとりさま」状態なのがちょっと虚しいですが、スパークリングワインを2杯頼んで、すっかり満足。
夕食後、大浴場へ。
温泉だということなんですが、なんとなく塩素系の…プールみたいな匂い。
あれ~?本当に温泉かなぁ~。
このプールのような匂いは嫌だったのですが、そういうわりにはのんびりしました。
お風呂上がりに小さな初体験ひとつ。
それは、「マッサージチェア」。なんとなく今まで避けていたんですよね。そこまで身体が凝っていなかったというのもあるかもしれませんが。
最近は私の背中の凝りもかなりのものになりましたので、やってみようという気になりました。
10分100円。座高の低い私は、頭までマッサージされるハメになりましたが、背中をやっているときには、確かに結構気持ちいい。なるほど~。「揉まれている」感じがするわ。
いや~。満足満足。
ホテルに着いた時には、外は真っ暗になっていたせいで、部屋の窓からは何も見えないのが残念でしたが(街の明かりも見えないんです。部屋の向きの問題でしょうけど)、部屋の中と胃の中は満足しました。
旅のお話~富山編~
11月7日、富山へ行きました。東京から上越新幹線「たにがわ」に乗ります。新幹線を見るのって、わくわくする。(小学生の男の子のよう…)
9時44分東京発。途中、越後湯沢で特急「はくたか」に乗り換え。
「たにがわ」は比較的すいていたんですが、「はくたか」は結構人が多かったです。乗り心地は良かったですが。
13時40分、富山着。
友人が迎えに来てくれていました。
彼女に会うのは何年ぶりかなぁ~。たぶん4年くらい経つんですよ。4年前、彼女のお父さんが亡くなったんですが、その時以来かな。だから、お父さんが亡くなって落ち込む彼女のそばにいた男性と電撃結婚したという連絡は受けても、ダンナには会ったことがなかった。相手は15歳も年上で、しかもバツイチ。同居はしていないけど子供が3人。そんな情報を聞いたら、ちょっと引いてしまったところもあるんだけど。正直なところ。
久しぶりに会って驚いた!今年、病気をして入院したという話は聞いていたんですね。一気に老けてしまって、とても私と1歳違いとは思えない。性格とか笑顔は短大時代の「大きな少女」のままなんだけれど。前歯はすべて入れ歯になっているし(私と会うときには外しているもんだから、余計に老けて見える)、髪質も肌も35歳とは思えない。何の病気だったのか聞いたら、腎臓の近くに肉腫ができてしまい、腎臓ごと取ってしまったんですと。いやいや、びっくり。学生時代はすごい酒豪だったのに、まったく飲めなくなってたし。
学生時代のノリで一日中二人でしゃべり倒して、夜の10時ごろ、お仕事の終わった彼女のダンナとご対面。友人は「ダンディなんだよ。かっこいいんだよ」と散々言っていたのですが、いかんせん、私と彼女は好みが違いすぎるくらい違うので…。う~む。私の中では「ダンディ」の範囲にも、「かっこいい」の範囲にも入らない。。。
でも、話していて面白い人だったし、彼女を大事にしているのもわかったし、彼女がダンナを立てているのがいい効果を生み出しているのもわかったし。この二人はお似合いなのかな、と思いました。
精神的に弱くて、性格的にも「大きな少女」の彼女には、このぐらい年の離れた人の方がいいのかも。身体的にも、精神的にも(精神科には今でも通院)子供を産んで育てることができない彼女だから、相手にはすでに子供が3人いて、これ以上欲しがらないというのも条件としてはいいのかも。(ダンナが年に1回、子供に会いに行ってしまうのは、自分の知らない世界に行ってしまうようでツライって言っていたけど)
それにしても、友人がダンナをひたすら立てて、崇めている姿は勉強になりました。相手の悪いところは他人には絶対に言わないようにしているって言ってた。
「結婚相手の悪口なんて、人には言えないよ。だって自分のために一生懸命やってくれているし。これは私の義務なんじゃないかな。だから、“うちのダンナって信じられない。嫌になっちゃうの”とか言っている人の方が信じられないと思うよ」
そう彼女は言っていました。
正直ね、この友人は学力的には決して「頭のいい」人ではないんです。漢字の読めなさ加減なんて、一緒に雑誌の立ち読みしていて、笑っちゃうくらい。外見的にも超美人でもない。病気をしてからは特にね。でも、男性が「この子のためなら」って守ってあげたくなるところがあるんです。それは単に可愛くふるまっているというより、男性を立てることで、相手のプライドを刺激するのが上手いということなんです。ダンナを信じて、尊敬して、必死に付いて行っている。だから1回結婚に失敗したダンナも、彼女とならうまくやれると思ったのでしょう。
友人の幸せそうな姿が見られて嬉しかったのと同時に、彼女から結婚生活のポイントを具体的に指導してもらったような気がします。
この日にとまったのは富山マンテンホテル。なぜここにしたかというと、岩盤浴があったから。独身最後のこの旅は、ちょっと贅沢にしようと思ったんです。このホテルは料金的には別に贅沢ではないんですが、温泉と岩盤浴が両方あるのは魅力でしょ。
久しぶりの岩盤浴。なかなか汗が出なかったんですけど、のんびり考え事をしながら温まりました。
翌日、朝食はホテルのバイキング。窓際の席で、雄大な立山連峰を見ながらの食事に大満足していたのですが、途中で「朝日がまぶしすぎる」という他のお客さんからのクレームを受けた店員さんがブラインドをおろしてしまいました。。。私はまぶしくても山が見える方が良かったのに…(泣)
食後、友人がホテルに迎えに来てくれる前に、少し散歩しました。ホテルの脇を流れる川沿いの道の紅葉が綺
麗で、その川に沿って歩いていたら富山城址公園に出ました。
富山城って小さいんだ。。。(ちょっとがっかり)しかも公園は工事じていて、趣にやや欠ける。
散歩にはいい日でしたが。
お昼は友人と一緒にダンナの働いているホテルへ。(ダンナはホテルの料理人)
ランチビュッフェでした。美味しかったんですが、食べている間中、友人が「ほら、シェフが出てきたよ。やっぱりかっこいいよね~。あのシェフ姿がまたいいんだ~」とおノロケ連発。あまりやられるとさすがに閉口します。だって私は好みじゃないんだもの。。。
ランチビュッフェでした。美味しかったんですが、食べている間中、友人が「ほら、シェフが出てきたよ。やっぱりかっこいいよね~。あのシェフ姿がまたいいんだ~」とおノロケ連発。あまりやられるとさすがに閉口します。だって私は好みじゃないんだもの。。。
15時ちょっと前に友人と別れ、越後湯沢へ向かう電車に乗りました。
ちゃんと食べて、ちゃんと生きろよ、と言いたくなるようなガリガリの彼女と別れるのはちょとつらかったのですが、私が長居したところで彼女の体調がよくなるわけでなし。彼女を大事にしてくれるダンナが付いているんだから、任せるしかないよね。
越後湯沢へは、予定通りローカル線の旅。
北陸本線で直江津まで行き、そこで「ほくほく線」という暖かいんだか寒いんだかよくわからない名前の電車に乗り換えます。
北陸本線では、今の大河ドラマで出てきたような駅名がいっぱい。「直江津」だってそうですよね。そのほかに「魚津」とか「滑川」とか。写真だとちょっとボヤけてて見えないかもしれませんが、直江津の次の駅って春日山なんですよ。これも大河ドラマでしょっちゅう出てきた地名ですね。
私は今流行りのいわゆる「歴女」ではありませんが、歴史上に出てくる地名と同じ場所にくると、やっぱりわくわくします。
19時ごろ、ようやく越後湯沢着。
特急に乗れば2時間くらいで行けてしまうところですが、4時間くらいかかりました。
でも、この4時間、私にはとっても貴重でした。いろいろと考え事ができたから。
何を考えていたかは秘密で~す。
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