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血液型…A型/ 星座…牡牛座/ 性格…頑固な保守派/ 得意なこと…セリフの暗記/ 苦手なこと…手先を使うこと、音符を読むこと、整理整頓/ 口癖…あら、まあ!
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2012年3月16日金曜日

家をパワースポットに?!

『お家がパワースポットになる! 開運お掃除』
こんな本がありました。

基本的に風水やら占いは信じていない(ので、義母の気学も全く信用していない)のですが、この本は手に取ってみようという気になりました。
友人が占いやら風水が好きなので、彼女の家でホームパーティーをした時など、みんなで占いの本を見て面白がっていたことはありました。でも、多くの本が「何月には何をすると良い」「来年のラッキーカラーは何色だから、家にこの色のアイテムを置くと良い」「どこそこがパワースポットなので、行こう!」のようなことが書いてあって、「そんな色、趣味に合わないし~」「そんなところへ行く時間もお金もないし~」って感じで、読んで面白がりはしても何一つ実行することがありませんでした。
それが、この本の何に惹かれたかというと、「お家がパワースポットになる」というところです。チビがいる専業主婦は、どっか遠くのパワースポット神社にお参りしに行くことはできないけれど、家がパワースポットになって、自宅にいれば運気が上がってくれるんだったら最高ですよね。

風水や気学、占いって、人によって言うことが違いますよね。今日は何座の人がツイてる!ってある占いで言っているかと思えば、他の占いでは別の星座がツイていることになってる。吉方位も風水師によって言ってることが違う。
でも、掃除は開運行動であるということは、どの人も口をそろえて言いますよね。みんなが言うんだから、きっとそうなんだろうな。

私は最近自分の運気が下がっているとか上がっているとかを感じたことはありません。
「最近の私」っていう感覚がないんですよね。全部「私」だけで、最近か過去かは気にしたことがない。
だから、自宅で運気が上がるならそれに越したことはないと思っても、今運気が下がっていると実感しているわけではないんです。ただ、一家の主婦として、自分のみならず夫や息子の運気が上がって、彼らが成功してくれるならば、自分に出来ることは何でもやろうと思っているだけです。

で、実際読んでみて、面白いと思ったのは、「パワースポットめぐりが流行っているが、行ったからと言ってみんなの運気が上がるわけではない。運気を逆に吸い取られる人もいる」とか「この本に書いてある方法を1年実行しても運気が上がらない場合は、他の原因が考えられる。その時には声をかけてください(お祓いが必要な場合がある、など)」「なぜこうなるのかはわかりませんが…」などと書いてあること。占いや風水の本ではあまりお目にかからない文じゃありません??
こんなふうに書かれると、却って信じてやってみようかという気になるというものです。

家の掃除はそれなりにやっていますが、実際のところは片付けや掃除は苦手です。
でも、もし自宅を本当にパワースポットにすることができれば、夫の疲れを癒してあげることもできるでしょう(それこそ、どんな夫も「家に早く帰りたい」と思うのではないでしょうか?)し、息子も元気に育つでしょう。
でも、苦手は苦手ですから、自分をやる気にさせるために「1年間」という期限を区切ってみることにしました。
1年間、一生懸命片付けと掃除をして、来年の今頃、家族がどうなっているかを見てみようと。
それを楽しみにすれば、苦手なものもできるようになると思いません??

2012年1月7日土曜日

『忘れえぬ言葉 私の赤い手帖から』

皆様、明けましておめでとうございます。
もう小寒ですから、「寒中お見舞い申し上げます」の方が適切なくらい、更新が滞ってしまいました。

2012年最初の話題は、本のことから。

昨年末に少し始めた内職(大学院の指導教授に言われてのお手伝い)のために、最近、エッセーを読むようになりました。
小説や新書はよく読むんですが、エッセーってほとんど読んだことがなかったんですよ。小説以上に文章の上手い下手が表れるなぁなどと思いながら、色々な人の本を読んでいます。

その中で、素敵だと思った一冊をご紹介。
三浦綾子 著 『忘れえぬ言葉 私の赤い手帖から』
http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%81%88%E3%81%AC%E8%A8%80%E8%91%89%E2%80%95%E7%A7%81%E3%81%AE%E8%B5%A4%E3%81%84%E6%89%8B%E5%B8%96%E3%81%8B%E3%82%89-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%89%E6%B5%A6-%E7%B6%BE%E5%AD%90/dp/4094021868/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1325941797&sr=1-1

三浦綾子さんが周囲の人から聞いた、或いは貰った手紙に書かれていた素敵な一言と、その言葉が出てきた状況を紹介した本です。
たくさんの言葉が紹介されているんですが、一番私の心に残ったのは、“感謝夫人”のエピソードです。
その方は天理教の熱心な信者だそうですが、いつでも何に対してでも感謝をしているそうです。
ある時、2週間くらいの長雨が続き、「長い雨で嫌になってしまいますね」なんて言葉が挨拶になってしまうくらいだったのですが、そんな時でも“感謝夫人”は「2週間にもなって感謝しています。これがもし一気に降ってしまったら洪水になってしまうところを、神様が2週間に分けてくださったんですから」と感謝していたそうです。
ここまで出来る人って、そうそういませんよね。
この方はとても幸せに人生を過ごしていらっしゃるんだろうなと思いました。ご本人が幸せを感じていらっしゃるから、きっとご家族も幸せなんでしょうね。
『少女パレアナ』(昔、ハウス食品のアニメシリーズでやっていた「ポリアンナ物語」の原作)の主人公がしている「幸せ遊び」は幸せを「見つける」(意図的な行為)ものでしたが、“感謝夫人”は全てを幸せに感じてしまうんですよね。意図せずに。
こんな生き方が出来たら素敵ですね!

この本を読んで、最初は「三浦さんの周囲には素敵な言葉を口にする人が多いんだな」と思ったんですが、周囲の環境ではなくて三浦綾子さん自身にそれをキャッチする能力があるからだろうと思いなおしました。
きっと私の周りにもいいことを言ってくれる人はこれまでたくさんいたはずなんですよね。私がキャッチできなかっただけで。
仕事をしていたころ、教師養成講座の卒業生が「あの時先生がこう言ってくれたら、私は続けられたんです」とか言ってくれることがありました。ただ、その多くは私が「そんなこと言ったっけ?」と思うような何でもない一言なんですよ。実習の最終日とか、修了式の日とか、何か言葉を贈りたいと考えて口にした言葉ではなくて、何気ない一言なんです。結局、人に影響を与える言葉って、そういうものなのかもしれません。だからこそ、それをキャッチできる人でないと、すべてが流されてしまうんでしょう。

私もキャッチできるようになりたいと強く思いましたが…どうすればよいのやら。
とりあえず、「めざせ“感謝夫人”」で今年1年過ごしてみたいと思います。

2011年11月24日木曜日

「吾、武人として生きる」

このタイトルを見て、誰の本かわかったら結構な極真空手通ではないでしょうか。
正確には「増田章 吾、武人として生きる」(東邦出版)です。
つまり元極真会館の選手だった増田章さんの本ということです。

ここに書いたことがあるかどうかわかりませんが、私は高校生の頃、増田さんのファンでした。極真の大会をテレビで見て、戦っている姿に一目惚れしました。
決して見た目がかっこいいわけではないし、「身体が小さいのに頑張っている」牛若丸系の人でもありません。むしろ、私がその時見た試合は第5回世界大会の決勝戦。小柄な緑健児選手との試合で、増田さんの身体が妙に大きく見えていたのでした。
それでもなぜかファンになりました。(地味だけど確実性の高い技だったとか、そんな細かいことは当時はわかりませんでした。)
その前年の全日本(増田さんが優勝した時)のビデオを取り寄せたり、「パワーカラテ」という極真の雑誌のバックナンバーを調べて、増田さんが特集されているものを注文したり、しばらくは夢中でしたね。制服姿のまま、男性に交じって本屋で格闘技雑誌を立ち読みしたりもしました。恥ずかしかったけど…。
でも、ほどなくして増田さんの選手としての全盛期が過ぎてしまい、大山倍達総裁が亡くなった後の極真会館の分裂騒動に幻滅して、極真は見なくなりました。2代目館長となった松井章圭を増田さんが支えずに、独立してしまったことにもがっかりだったんです。現役時代は良きライバルで、お互い呼び捨てし合うような仲間だったのに。

ちなみに、私が勤めていた日本語学校の校舎の一つが、増田道場の近くにありました。その校舎で授業した帰りとか、「増田さん、いないかなぁ~」なんて思いながら覗いたりしていました。(結局9年間、一度も姿を見かけたことはないけれど。時間帯が合わないんですよね)

極真の大会優勝者が本を出すということはこれまでにもありました。高校生の頃、松井章圭と緑健児の本は読みましたが、どちらも人生について模索を始めた高校生の私が満足できるものではありませんでした。
松井の本はひねくれた高校生読者にとっては「所詮、あなたは優等生だよ」で終わってしまうものだったんですよね。私みたいな落ちこぼれとは違うよね…と言う感じ。エピソードは面白かったんですけどね。でも、増田さんをライバル視していただけあって、増田さんに関する記述が多かったのは嬉しかったです。
緑の本は、「バカバカしい」で終わってしまいました。全体的に軽かった。いわゆる不良で、同級生を病院送りにしたり、少年鑑別所の常連だったりしていた人が、空手によって更生して世界チャンピオンになるという映画のネタとしては面白い人生なんですけど。でも、その体験を軽い文章で書きならべているだけなので、全く得るものがないし、面白くもない。女子高生読者にとっては、「珍しい情報」でしかないんですよね。
その当時、増田さんは本を出していませんでした。出して欲しかったけれど、世界チャンピオンにはなっていないから話も来ないのかなとか思っていました。

その増田さんがようやく2年前に出した本が、この「増田章 吾、武人として生きる」です。
アマゾンで偶然みつけ、大興奮しました。高校生の頃から待っていた本ですからね!
私が格闘技好きだということを知らない(敢えて教えていない)夫に見つからないように、こっそり買って読みました。
読んでみて、私がなぜ増田さんに惹かれたのかよくわかりました。
私ごときが言うのもおこがましいのですが、お弟子さんやファンの方々のお叱り(?)を覚悟で書かせてもらうと、増田さんって、自分と何となく似ているんですよ。不器用さとか、思考回路とか。
もちろん、決定的な違いはありますよ。この違いが増田章氏が増田章氏であるゆえんであり、私が単なる私であるゆえんなんだと思いますけど。
似ているけれど、増田さんは私に輪を掛けて不器用。もし空手に出会っていなかったら、そして精神的にもっと弱かったら、人生に行き詰って自殺してしまうんじゃないかと思えるほど不器用なんです。現役当時、「孤高の帝王」と呼ばれていた増田さんですが、本当に「孤高」という言葉が似合う人です。
その人が、全日本チャンピオンとなり、世界大会で準優勝し、今、武道を追求して道場を興しているわけで、その努力には並々ならぬものがあります。
高校生当時、この先の人生について考え始めた私が求めていた「師匠」だったんですね、増田さんは。

この本は、先に書いた松井章圭や緑健児の本と違い、エピソードがメインになっているわけではありません。自分の考え方を伝えるために、エピソードも加えているという程度の書き方で、増田さんのことを全然知らない人が読んだら、意味がわからない部分もあると思います。「この大会のことは知っていると思うから、詳細不要だよね…」って言わんばかり書き方なんですよね。しかも相手に都合の悪い批判的なことを書く時には、相手の名前は伏せてしまう。私は増田さんの対戦記録がまだ記憶の隅に残っていたから、「ああ、この“日本人選手”は阿部清文だな」とかわかったんですが。

内容的なことではなく、書き方という点で言うと、増田さんは誰かの名前を出す時、必ず「氏」(または「先生」「総裁」)をつけます。呼び捨てや君付けには決してしないのです。増田さんの「他人をリスペクトする」姿勢の一つのあらわれなんだと思います。
人間的に「出来上がった」人ではありませんが、それに近い人だと思います。私が男だったら、そしてもっと実行力があったら、こういう人生を目指したんじゃないかと思います。

今の私は「師匠」を必要とはしていませんが、高校生の頃にこの本を読んでいたらバイブルにしたかもしれません。あ、当時の私には文章が難しいから、理解できなかったかも。。。
(現在、「師匠」を敢えて挙げるとしたら母と義姉だろうな。この2人は尊敬しています。)

迷っている思春期の若者たち、自分には価値がないと思い悩んでいる人にオススメの本です。

2010年12月28日火曜日

『成功者の告白』


先日、夫がふと「来年あたり、常務になると思うんだよね」とポツリと言いました。
これは自分の出世を報告したいのではなくて、常務になると(今の給料とほとんど変わらないまま)ボーナスが出なくなるけれど、家計は大丈夫かということです。
(父親が社長で、息子を後継者として育てている場合、息子は異例のスピードで出世していくことになるんでしょうけれど、その給料には2通りあるように思います。役職に合わせて、或いはそれ以上にガンガン昇給していく場合と、天狗にならないように並み以下に抑えられる場合と。義父も実家の父も後者のタイプ。夫の給料は彼が就いている役職からすると少ない方ですし、実家の兄の場合はあまりに安いので母が父に抗議したくらい。「あの子には養わなきゃいけない家族がいるのよ!」って)

家計のことはさておき、私はそれを聞いた時、自分にも覚悟が必要な時期に来ていると感じました。

何の覚悟か。
会社のためにがむしゃらに働かなければならない夫を持つ妻としての覚悟です。

今でこそ彼は私を気遣ってくれる余裕も少し残っていますし、私も「自分の世界は夫中心!!」みたいな対応ができています。
でも、来年常務になるということは、彼の仕事が一層大変になる時期と、我が家に子供が生まれて私が夫だけにかまっていられなくなってしまう時期が重なることになるわけです。

目の前にあることに精一杯になってしまって、お互いを思いやる具体的な行動を取れないまま、すれ違いを起こす可能性が高い時期に突入するんだという不安が襲ってきたのです。
(お腹の中の子は男の子だとわかっているのですが)私には男の子は夫の優秀な後継者にする!という義務…いや、目標があるので、自分の性格上、育児に没頭してしまう危険があるんです。
良妻たるもの、子供がいても夫をないがしろにするものではない…という意識もあるものの、夫に尽くすことと子育てが両立できるものなのか、不安なんです。

そんな今の不安をどうにかできないものかと思って、いろいろネットで調べていた時に知ったのがこの本です。

神田昌典 著『成功者の告白 5年間の起業ノウハウを3時間で学べる物語』(講談社)

ビジネス書ですが、単に「成功する人はこうしている」という良いところだけを書いているのではなく、成功を目指す人(会社)が陥りやすい失敗や、成功者が経験しやすいの家庭崩壊への過程なども書かれています。小説という形式を取っているので、一つのパターンとして読みやすいと思います。

義母も実家の母も、仕事人間の夫を持ちながら、家庭崩壊をさせずに子供を育て上げた人ですが、こういう例が身近にあるからと言って私も成功するとは限りません。(実家は家庭崩壊していませんが、親戚には別居になったり子供が親に反抗して誤った方向に行ってしまう例が非常に多いのです!!)
きっと義母にも母にも、子供には見せなかった我慢や苦労が多かったと思うのです。夫の家は知りませんが、少なくとも私の実家では父は子育てにほとんど参加していませんでした。それでも子供たちが父親を慕うように仕向け、兄に父の後を継がせるべく同じ会社に就職させた母の凄さを今ひしひしと感じています。義母も、違う進路を志していた夫を義父の会社に就職させる気持ちにさせることに成功しています。
私は今、母とまったく同じ世界に飛び込もうとしているわけです。

この本を読みながら、妻として心に留めておかなければならないこと、口にしてはいけないこと、反対に口にすべきことを整理しました。

○ 心に留めておかなければならないこと

たとえ家庭を顧みないように見える夫でも、「家族を楽にするために自分は汗水流している」と考えている可能性が高い。

○ 口にしてはいけないこと

「なんで私がそれをしなきゃならないの?」
「子供を育てているのは私なんだから」
「私の(または子供の)ことなんて、どうでもいいんでしょ」
「2人の子供なんだから、たまには手伝ってよ」

○ 口にすべきこと

「あなたが仕事をしてくれているから、私は子育てに専念できる」
「あなたと結婚してよかった」

運よく、私自身もある程度の年数、中小企業で働いていたので、仕事をするということの喜びや大変さを少しは知っています。父が仕事人間でしたので、そういう人が子供にどう接するかも体験しています。(夫も仕事人間)
不満が口から出そうになったら、そういった経験を思い出そうと思います。

今年は新婚1年目ということで、2人だけの生活を楽しめましたが、来年からは「子供」という存在が増えます。
それによる幸せも増すでしょうけれど、妻であり母でもあるという新しい立場の責任のスタートでもあります。
構えすぎるのも問題かもしれませんが、変化に戸惑わないよう、冷静にいられればと思います。(「あのころは良かった」という後ろ向きの思考になることは避けたい…!!)

2010年10月26日火曜日

次世代のために取り組むべきこと

子供についての本があるとついつい手が伸びてしまいます…。
以前から「凶悪犯罪を根本的に防ぐ方法」に興味があるのと、自分の子供の事を考えるようになったっていうことで、私に必要な2つのことがぴったり合っている時期なんですよね、今って。

今読んでいるのは
トマス・バーニー著『胎児は知っている 母親のこころ』(日本教文社)

サブタイトルとして、「子どもにトラウマを与えない妊娠期・出産・子育ての科学」とあります。

以前も書きましたが、私は自分の子供を天才にしようとか高望みをしているわけではありません。もちろん、天才だったら嬉しいんでしょうけれど。
ただ、他人の痛みがわかる人間になってほしい。自分を卑下せず、高慢にもならず、周囲といい関係が築ける人間になってほしい。結果はどうであれ、困難から逃げる、努力をしたがらない人間にはなんてほしくない。必要なこと、好きなことには意欲を持って取り組める姿勢を身につけてほしい。人生を明るく生き抜いてほしい。
つまり、「健全に育つ」こと。それを願っているだけです。

子どもについての本は何冊も読みましたが、そのたびに改めて強く感じることは、
「“子どもは放っておいても育つ”は嘘だ」
ということ。
肉体的には育つかもしれません。でも、親が放っておいては心が健全には育たない。もちろん、「過干渉はするな」という意味で言われるのであれば、それは正解でしょう。でも、最近はこの言葉が過剰に捉えられて、それを本気で信じている人(親)がいるのも事実です。

今読んでいる本には、子供の環境についての研究結果が数多く載っています。
その中にはっきり書いてありますが、子供は特に3歳になるまでは親との触れ合いを強く求めているということ。そしてそれがどのように、どの程度与えられたかで、性格形成はもちろんのこと、小学校における学力にも影響を与えるということ。
3歳の頃までに、親から肉体的または精神的に虐待(育児放棄も含む)され、侮辱された場合、その子が凶悪犯罪者になる危険性は極めて高い。
「赤ちゃんは何もわからない」という思い込みは嘘であるというのは、研究者の中ではもはや常識なのに、そう思っていない親も多い。これが危険。

一昔前、「父親が飲んだくれでも、子供は親を反面教師として却ってよく育つ」なんてことが言われましたが、これは父親がダメでも母親がしっかり子どもに愛情をかけた場合だと思うんですよね。両親から虐待されたり、育児放棄されたりしたら、周りが余程早く気付いて救いの手を差し伸べない限りその子の人生は最悪の方向に固められてしまう。

「しつけは学校が何とかしてくれる」なんて考える親が最近増えているようですが、これも大間違い。就学前どころか、3歳までである程度決まってしまうんです。学校は家庭でのしつけにプラスアルファしてくれるかもしれないけれど、基礎を作ってくれはしない。
こんなことは、親の世代に聞けば「当たり前じゃないの」なんて言われるでしょうが、その「当たり前」が次の私たちの世代に受け継がれていなければ意味がないんですよ!

前述の本にも書いてあります。
「子どもは望まれない状況で作ってはいけない」

当たり前です。でも、その当たり前ができていない家庭が多い!
「できちゃった結婚」なんてその典型。子どもがほしいなら、さっさと結婚してから事を進めろって感じです。
その他、「まだ仕事をしたかったのに、“できちゃった”」「“できちゃった”けど、育てるお金がない」そんな状況で子どもを作ることが、のちにイジメや犯罪を引き起こす一因になるわけです。
何もしないのに子どもができることはあり得ないのに…。


それが考えられない無責任な親なのに、生まれた子供には過度に期待をして勉強部屋に押し込めたら子どもは当然ゆがみます。望まれた子どもであっても、幼いころには他人の手に預けられて愛情不足気味に育てられたのに、就学期になったら大きな期待をかけられる…こんな場合もゆがむでしょう。
「お前なんて望んでいなかった」と態度に出すこと、言葉にすることは言語道断。

自分が望まれた子かどうか、子どもは胎児の時点でわかると言います。そしてそういう子どもは生まれてからも親になつかない。よく泣く。→親は余計にイライラする→子どもはひねくれる…。
悪循環です。
それから、妊娠中・あるいは出産直後に母親が鬱状態にあった場合、のちに(何十年後など)子どもが鬱になる可能性も高いらしい。そんな状態の人がもしまた子どもを作ったら…。これも悪循環。


最近、何においても「教えてもらわないとわからない」という人が増えた気がします。「大人だろう!」ってどなりたくなることもしばしば。自分で考えることをしなくなっているんですよね。
それでは困るわけですが、それを修正していくのはかなりの時間がかかってしまうので、その前段階として、「教える」方向で「就学前・出生前子育て」について扱わなければならないのではないでしょうか。

母親教室で扱う内容とか、母子手帳に載せる内容とか、以前だったら「当たり前」に知っていた上記のようなことから扱うようにすること。
学校での「道徳」「倫理」「社会奉仕」のような時間に「次世代を担う人材の心構え」として組み入れること。
最近言われる「食育」なんかと同じくらい大事だと思うんです。
心を育てるってことに、社会全体が真剣に取り組む時期に、とっくに来ています!!

2010年9月16日木曜日

生まれる前からの子育て

池川明 著『赤ちゃんと話そう 生まれる前からの子育て』という本を読みました。

子供が持つ胎内記憶についての本です。
お腹の中にいた時の記憶についてのアンケート結果や、お母さん達から聞いた話などが出ています。
そこから、赤ちゃんと良い関係を築き、赤ちゃんが元気な心で成長するためには、妊娠中のお母さんの生活や気持ちの持ち方が大切だと説いています。
例えば、お母さんがお父さんとケンカをすると、赤ちゃんはお腹の中を暗い・寒いと感じるんだそうです。
それから、どのお母さんから生まれてくるかは、赤ちゃんが決めているというのです。元気に生まれてくる赤ちゃんはもちろん、流産となってしまう赤ちゃんも、お母さんに伝えたいことがあるのだそうです。

我がチビちゃんも、私たちに伝えたいことがあるんですね。
私を選んでくれてありがとう!
大切にするからね。

特に心に残ったのは、赤ちゃんがいくつか目的を持って生まれてくるということでした。
その目的の第一が、「お母さんを幸せにすること」なので、もしお母さんが子供を作ったことを後悔したり、子供に無関心であったり、愛情をうまく伝えられなかった場合、第一の目的を達成できない子供は混乱し、自信喪失してしまうということでした。その場合、その後の人生もうまく渡っていけなくなる可能性があることも頷けます。

この本は、妊婦を考えている人か、妊娠中の人、流産などで赤ちゃんを失った人向けに書かれたものですが、ちょっと書き方を変えて、思春期の若者に知らせるべきだと思いました。
親に反抗して誤った方向へ行ってしまったり、考えもなく子供ができる可能性がある行為に及んでしまったりする前に考えさせる機会を持つべきだと思うんです。そして、自分の子供の頃からのこと、親との関係などを見つめ直しすことが必要なのではないでしょうか。

子供は親に愛されていないと思っていても、実は愛情を伝えるのが下手だっただけで、親の方では精一杯愛していたつもりだった…などの例がこの本には出てきます。そういったことを思春期の子供に他者が伝えることは、ボランティア精神などを学ぶことよりも優先すべきことなのではないでしょうか。

私の友人は、子供の頃にご両親が忙しく、構ってもらえなかったことで、30歳ぐらいになってから心を病んでしまい、35歳で自らあの世へ行ってしまいました。実際、ご両親はとても子供達を愛していらっしゃいました。お父さんはただ不器用な職人気質だっただけ。お母さんはただお父さんの手伝い(レストランを開いたばかりで大変な時期だったそうです)で忙しかっただけなのです。
それを友人が理解した時には、すでに病が進んでしまっていて、一時はわずかに回復の兆しが見えたものの、結局は回復しきることはありませんでした。

自分の人生がうまくいかないのは親のせい、と親殺しが起こったり、世の中のせいにして無差別殺人をするような事件が起こったり。それから自分の子供を虐待してしまう親になってしまったり。
現代が抱えるこういう問題は、早ければ胎児のころからその影響があるわけです。そのことを、「親」になる行為に踏み出す直前の世代に伝えるべきではないでしょうか。

教育関係者の方々には、ぜひ考えていただきたいところです。

2010年7月7日水曜日

『胎児は天才』

近所の図書室でこんな本を借りてきました。
『胎児は天才』七田眞/著 光雲社
別に子供に英語を教え込もうとかは考えていませんが、できるだけ良い環境を作って10カ月過ごしたいじゃないですか。

この本によると、子供は右脳の働きで外の様子がわかるんだそうです。
母親が考えていることとか、父親からの語りかけとか、「まだお腹の中だから」と思われる頃から感じとっていると。
母親の思考を感じとることについては、受精した瞬間から「心」ともいうべきものが働き出しているのだそうで!(まだ頭も出来ていない時期から、感じとってしまうんだそうです)
だから、たとえば子供ができたときに「子供なんかいらない」と考えたり、性別がわかったときに「え?男の子が良かったのに」みたいなことを夫婦で会話したりしてしまうと、子供にそれが心の傷として残ってしまい、生まれた後に夜泣きがひどかったり、母親の言うことを聞かなかったり、もっと大ききくなると自分の心の傷を埋めるために他人をいじめたりするような子に育ってしまいやすいと。

「胎教とは、物事を教え込むことではなく、母親との交流である」というようなことが最初の方に書かれていました。

私が自分の筋腫を気にして、病院からの帰りに暗~くなってしまったことも伝わっているってことですよね!
ごめんね、赤ちゃん。でも、お母さん、君を大歓迎しているから!!
お父さんも、おじいちゃんとおばあちゃんも、君の生まれるのを楽しみにしているよ。
元気で生まれてきてね。
お母さんが守るから、10カ月間、お腹の中にちゃんといてね!

お腹の中にいる段階、産まれてから、いつどんなことをすればいいのか、本にはいろいろ書いてありました。
すべてを実践することはできないでしょうけれど、子供との交流は大切にしていかなければと思います。

まだ子供に話しかけるのは早いかと思いつつ、これまでも結構話しかけていた私ですが、これからはもっともっと話しかけていこうと思います。
(もちろん、昼間はずっと音楽を流しています。別に胎教にいいとされるモーツァルトばかりではなく、自分が好きなサラ・ブライトマンなんかも。音楽好きでいてくれるといいな)

2010年6月29日火曜日

『赤い薔薇ソースの伝説』

図書室で見たとき、「ああ、これずっと前に映画化されたなぁ」と思い、小説が面白かったらビデオを探すことにして、本を借りました。

久しぶりに読んだ。こういう非現実的な話。

料理の作り方だけ妙にリアルなんだけど、ストーリー自体はまったく現実性の欠片もない。
主人公の生まれたシーンからそうだから、最初はこの非現実的な世界に入り込むためのギア・チェンジが大変だった。本当に久しぶりだったから。

これをどの程度映画化したんだろう??
記憶では、映画の宣伝では「彼女が作る不思議な料理を食べるとみんなが幸せになる」っていう感じだったと思うんだけど、小説では「みんな」が幸せになっているわけでもない。これを幸せっていうのか?って変化もあるし。

でも、一気に読める小説。退屈じゃないし、子供っぽくもない。
たまにはこういう作品を読むのもいい。

どういう風に映画化したかが知りたいから、ビデオを探そうかな。

2010年2月9日火曜日

「体温力」

先日、具合が悪くて夜中に起きて熱を測ったとき、34.4度しかなかったんですよ!もう一度測っても同じ。
(もう一度寝て、6時頃起きて測りなおしたら35度台に戻っていましたが)

ここ数年、自分の体温の低さは気にしていたんですが、さすがに34度はただごとではない!
ということで、体温を上げることについて書かれている本を購入しました。

石原結實という人の『体温力』(PHP新書)。

体温を上げるためには、主に
・入浴・食べ物に気をつけ、身体を温める。
・水分とカロリーのとりすぎに注意。(1日3食は摂取しすぎだそうで!)
・筋力アップ(特に下半身)
とのこと。

緑茶・コーヒー・水といったものは身体を冷やしてしまうそう(コーヒーが冷えを招くことは知っていましたが、何せ好きなもので)で、飲むなら紅茶が良いと。さらに、ショウガと黒砂糖(またはハチミツ)を入れると良いとな。

1日3食は現代人の運動量から考えると摂取しすぎということで、1食抜いて、ショウガ紅茶またはリンゴ・ニンジンジュースを1~2杯飲むと良いとか。
それからお風呂。全身浴でも半身浴でも、とにかく身体を温めること!そこに温める効果のあるもの(塩やショウガ、ミカンの皮など)を入れるとさらに良し。

昨日はさっそく帰りにスーパーに寄り、ショウガをいくつか購入。
捨てようと思っていたハンカチで小さい袋を作り、ショウガをすりおろして入れ、お風呂に投入。
お風呂の中で本の続きを読みながら半身浴。
そのおかげかどうかはわかりませんが、ぽかぽかゆったり寝られました。
(寝すぎて、今朝、寝坊しましたが)

そして今朝。
寝坊したというのもありますが、とりあえず1食抜いてみることにして、ショウガと黒砂糖を入れた紅茶を飲んでおわり。ジューサーがないので、リンゴジュースを作るのは諦め、コンビニで「野菜生活」を購入。仕事中は以前買ったまま机の中で入れっぱなしにしていたデトックス茶(?)を飲んで、空腹をしのいでいます。(思ったほどお腹空きませんけど)
とは言うものの、水分の摂りすぎもいけないって書いてあったな…。

筋力アップについては、まだ何もしていませんが、できるだけ取り入れていかなければいけませんね…。

「低体温(冷え)は万病の元」とかって書かれると、焦ってしまいます。
でも、平均体温が35.4っていう現在の状況は改善しなきゃいかんですよね…。

2009年12月17日木曜日

「たった3年で楽しいお金持ちになる方法」

この2日間で、佐藤富雄氏の書いた本を2冊読みました。(1時間くらいあれば読めてしまうような本なので)
AmazonからのDMで紹介されていたのを見て、タイトルだけで買ってしまったという感じ。

『料理をしない女 味がわからない男』
『たった3年で楽しいお金持ちになる方法』

佐藤富雄氏は、「口癖理論」というのを唱え、『あなたが変わる「口ぐせ」の魔術』という本がベストセラーになった“生き方健康学者”さん。
まあ、簡単にいえば、プラスの言葉を口癖にしていれば、人生は好転するってこと。逆にマイナスの言葉を多く口にしている人は、人生がうまくいかない。
『~お金持ちになる方法』の方は、口癖理論とともに、身に付けた方がいいと思われるいくつかの習慣を紹介し、夢を現実にするための姿勢を説いたもの。

『料理を~』の方は、正直、思っていたのと違った。タイトルだけで買ったので、『話を聞かない男 地図の読めない女』みたいな男女の脳構造の差を説明しているようなものだと思っていたんですよ。
そうじゃなくて、「料理をしようとも思わない、自分の望む家庭が具体的に描けない女性はいくら婚活をしても実らない。味がわからない男は普段から良いものを食べていない証拠。料理で人をもてなすことのできる女性は近づかないし、本人も仕事で出世できない」といった内容。
な~んだ。。。
今、「婚活」とか言われてもね…。私はかなり小さいころから、自分の持ちたい家庭を描いていたタイプ。料理は下手だけど、家族のために今でも(ときどき)作っているし、美味しいものを作りたいという願望も元からあるもん。
今私が求めている本じゃなかった。

ただ、ふと気付いたんですけど、今私は良い家庭を作るための参考になるような本を探しているのかもしれません。無意識だったけど。それがこんな本を引き寄せてしまったかな。
『~お金持ちになる方法』を読みながら、何とか自分に応用できないかと考えていました。
自分は退職するから稼ぎがなくなっちゃうけど、ダンナが「この家族のために頑張ろう!」って思ってくれるような環境を作って、結果的に出世する男にしたいっていう願望(欲望)がある。
Yさんが成功するために必要な「プラス思考」「楽観思考」を保てるように、私も気をつけなければならないと思ったんですよね。
「お金持ちになること自体が目的になるのではなく、お金持ちだからできることを具体的に描くこと」
この本のポイントはこれですかね。
で、気付いたんですが、これまであまりYさんから夢を語ってもらっていないな、と。
夢を口に出してもらうことで、意識付けをして、二人でそれが叶うように努力していければ最高ですよね。

2009年7月5日日曜日

好みの小説は?

本で溢れかえっている私の部屋。取っておきたい本もあれば、もう読まないだろうと思うものもあり。
これまで、古本屋に売るなんてことをしたことがないのですが、あげる人もいないし、少し売ってしまおうと思い立ちました。

ということで、今日は本の整理を始めてみたわけですが…。
意外に売れそうなものは少ない。自分が購入したものについては、カバーをつけて綺麗に保管していたんですが、人からもらったものには古いものが多い。シミができていたり、くにゃっと曲がっていたり、内容的に古くなっていたり。BOOK OFFのHPで調べてみた売れる基準から外れているものがわりと多い。う~む。

種類としては、日本語あるいは日本語教育、日本文化がらみの本が一番多い。小説よりも多いの?!…やっぱり仕事人間なのか、私?と憂鬱になりかけましたが、考えてみたら大学3年の時から日本語教育に携わっているわけで、10年以上やっているんですからね。本がたまるのも当たり前。
小説は図書館で借りることも多かったからねえ…。

取っておきたい小説と、もう読まないかなと思われる小説を分類してみたら、明らかな基準が。

「売ってしまおう」組
宮部みゆき、東野圭吾、宮本輝、村上春樹、重松清、村上龍、湊かなえ…。

「これからもよろしく」組
1位 サマセット・モームの本いろいろ(短編には傑作が多い!)
2位 ヴィクトル・ユーゴー「レ・ミゼラブル」
3位 アレクサンドル・デュマ「モンテ・クリスト伯」
4位 コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」シリーズ
これらは外せない!
その他、海外組ではチャールズ・ディケンズ、ジェーン・オースティン、モーパッサンが上位にランクイン。
日本の作家では、芥川龍之介、中島敦、夏目漱石、志賀直哉、尾崎紅葉、三島由紀夫、遠藤周作、宮尾登美子…。


自分が日本の現代小説をあまり好んでいないのは自覚していましたが、ここまで明らかに差が出るとはね。
「これからもよろしく」組で今生きているのって、宮尾登美子さんくらいじゃないの?

古い作家の何がいいの?新しい作家のどこが嫌いなの?…と聞かれても答えられない。ただ、読んでいて夢中になれるかなれないか。感動できるかできないか。

皆さんはどんな小説が好きですか?

2009年6月29日月曜日

アガサ・クリスティー

私はこれまで、アガサ・クリスティーの本を読んだことがありませんでした。ミステリーにさほど興味がなかったから。怖いのが嫌いだし。
祐さん主演の「そして誰もいなくなった」を舞台で見た時には、怖くて怖くて、一週間電気が消せなかったくらいです!(←怖がりすぎ?)

ずっと前、NHKかなんかで、アガサ・クリスティーの作品を再考するような番組があって、ちょっと興味がひかれました。
ということで、アガサ・クリスティー作品デビューしました。
それでもやっぱりミステリーに手を出す勇気はなく、ミステリー色の薄い作品を選びました。
「愛の旋律」です。

ストーリーではなく、人物の描き方が好きです。
最初は、「これがどう発展するんだ?」というシーンもありましたが、忘れた頃にそれがひょいと使われていたりするんですよね。当たり前かもしれませんが、一文たりとも無駄がない。
また今度、別の作品を読んでみよう。

2009年5月6日水曜日

『告白』

湊かなえ/著の『告白』を読みました。
本屋の店頭で「いちばん売りたい本! 本屋大賞 第1位」とデカデカと書かれていたのに惹かれて、現代作家の本はほとんど読まないのに買ってしまったものです。(買ったのはちょっと前のことで、本棚に入れたまま忘れていたのを、ふと思い出して読んでみたのです)

小説的にいえば、面白いんだと思います。どんでん返しにつぐどんでん返しで、どういう終わり方をするのかはまったく想像つきませんでした。
どの登場人物の心情も理解できるし、まさに現代社会を映したような本です。一つの事件を様々な立場から描き、その行きつく先を告白調で明かしています。

確かに新人作家らしからぬ才能がある。それを評価されていることについては、まったく異論はありません。

ただ、読み進めるに従って、私の中で激しく拒否する気持ちが起こってきました。

本屋大賞で1位になった作品はその後の映画化などが予想され、ヒットすることが約束されたようなもの――どこかのテレビで言っていました。

これを映画化する?!冗談じゃない!!

この「冗談じゃない」には、二つの意味があります。
一つは、映画化には向かないんじゃないかと思うこと。映像化してしまうと、さまざまな立場から描かれるそれぞれのエゴなどが見えにくくなってしまうから。これがその小説の大きな特徴なのに。芥川龍之介の『藪の中』と同じ。

もう一つの意味は、無意味な少年犯罪や無差別犯罪をなくしたいという気持ちから。
この小説ではまったく解決にはなりません。別に作者は解決しようと思っているわけではないでしょうけれど、この作品の最後の一章(第六章)は特に希望を絶望にたたき落とすようなものです。
これを映像化した場合、どういう人が影響を受けるでしょう??
不安を煽られる人がいるか、図に乗る人がいるかです。

第六章さえなければ・・・??いや、煽られる不安はどこからだろう??
もっと前から。第3章あたりから・・・?

私たちが心に留めておかなければならない事柄が含まれている一方、危険な感じもしてしまう小説でした。。。

でも、読む人によって感想は様々ですからね・・・。

2009年2月21日土曜日

『親が子供に教える「一番大切なこと」』


なぜか社内で回覧されていました。
今村暁/著『親が子供に教える「一番大切なこと」』。
塾を経営している著者が、受験勉強をする子供たちと接してきて感じた(確信した)事柄をまとめています。
私の勤め先は学校でこそあれ、子供を教える場所ではありません。そこでこの本が回覧となり、私の手元に来たということが、何だか不思議な感じがしました。
私が捜し求めている事柄に関係している本だから。
当たり前だと思われるけれど、できない親が多いこと。それが「一番大切なこと」としていろいろ挙げられています。例えば「子供の前で配偶者や教師の悪口を言わない」とか、「完璧を目指させるけれど、その結果が完璧でなかった場合も、きちんと評価して(認めて)あげる」とか。
ただ、こういう本を手にする親は、手にした時点で既に子供にいい影響を与えるような接し方をしているのではないかと思うのです。犯罪を生み出してしまうような人の親は、こういう本を手にすることすらないのではないでしょうか・・・。
私は子育てをした事がありませんが、子育てとは、小さいことの積み重ねなのだとつくづく思います。日々の親の一言、考え方、接し方・・・全てが影響しているわけですからね。
メッセージを本として出版しても、手に取る人しかメッセージを受け取らない。インターネットを利用しても、そこにアクセスしなければ目にしない・・・。メッセージを発信している人たちが「こういう人に見て欲しい」と思っている人へは、なかなか届かないのが現実ではないでしょうか。
やっぱりテレビなのかな・・・。テレビだって、見なければどうしようもないけれど。
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現在、子育てはしていない私ですが、教育には携わっています。私が相手にするのは、既に人格形成された方々ですけどね。
でも、日本語教師を養成するという段階においても、この本に書かれている子供との接し方の中で参考になる部分がありました。
次に教育実習を担当するとき、心がけてみよう・・・。

2009年1月28日水曜日

「アシェンデン」

一昨日と昨日はちょっとだけ本を読む時間ができたので、至福のひとときが過ごせました。
サマセット・モームの「アシェンデン」を読んでいました。

高校の時に文学史の授業でモームの作品については「月と六ペンス」だけ挙げられていたと思うのですが、文学史としてさら~っと紹介されたのでは、作品の面白さがまったく伝わらず、「わけわからんタイトルだ・・・」で終わってしまったのが残念。もしここで高校の先生がこの作品の面白さを伝えてくれていたら、きっと私は図書館に駆け込んで読んだでしょうし、それをきっかけにしてモームの作品を読み漁ったと思うのです。
作品の内容じゃなくても、せめてモームがイギリス政府の諜報員だったことだけでも触れてさえくれていたら、高校生たちはきっと興味を持ったでしょう。

サマセット・モーム→代表作「月と六ペンス」

こんなことだけ暗記したって、しかたがないのです!!
あ~あ。学校の先生は、何てもったいないことをしてくれたんだろう!

「アシェンデン」はまさにモームが諜報員をしていたときのことが基になって書かれた作品です。
これが実体験に基づいて書かれただけでも興奮しますが、話の面白さだけではなく、モーム特有の人間観察がしっかりなされていて、他の作品同様、登場人物たちが魅力的です。

サマセット・モーム全集はどうやら絶版になっているようなので、来月以降、しなければならない作業が少し減った頃に図書館で1冊ずつ借りようと思います。

話の筋とはまったく関係ないのですが、アシェンデンって、名前が何だか素敵です。一説によると、モームが若い頃に接した美青年(!)の名字だそうですが・・・。

2008年12月14日日曜日

短編集


今週は吐き気に悩まされていたこともあって、読書に集中できなかったのが残念。ちっとも頭に入っていなかったことに気づいて、同じ作品を改めて読み直さないといけなかったことが何度かありました。

左の写真が週の前半に読んでいたもの。角田光代/作の『さがしもの』(新潮文庫)。
本にまつわる物語を集めた短編集です。
私はなかなか現代作家の作品を読まないせいで、この作家のことは名前もしらなかったんですね。ただ単に「本にまつわる話だけを集めた短編集ね…。へえ~」と思って手に取っただけで。
軽い感じの、まさに「小品」と言えるような作品を集めています。
…正直なところ、面白くなかった。どれを読んでも「ああ、あるね。こういう感覚」「この人、本当に本が好きなんだろうな」くらいの感想しか出てこないんですよ。「本にまつわる物語」を集めた物なので仕方がないのかもしれませんが、どこまで読んでも「本」がメインにあるので、途中で飽きてきてしまいました。それぞれがばらばらの短編集に収録されていたのであれば、面白く読めたのかもしれません。読み終わったときに、この作家の他の作品を読んでみようという気にはなりませんでした。
別に駄作だと言っているわけではないんですよ。評価されているのもよくわかるんです。単に“わたし好み”ではないというだけです。軽すぎるんだろうな。
右の方のは週の後半に読んでいた『モーム短篇選(上)』(岩波文庫)。
タイトル通り、サマセット・モームの短編を集めたものです。
モームの作品の中で初めて読んだのは『月と六ペンス』なんですけど、あまりの面白さに最寄駅で電車を降りるために読むのをやめるのが嫌で、わざと乗り越したくらい“わたし好み”でした。モームの短編を読むのは、今回が初めて。
いや~、これは面白かった。この「面白い」は「笑える」じゃありませんよ、念のため。
サマセット・モームって、人間観察眼が鋭いんですよ。「人」というものをこんなに理解できている人ってなかなかいないのではないかと思うんです。だから作品の中の社会風刺は痛烈。嫌味ったらしくないのに。
ここに収められた作品には、共通して“価値観”というのがテーマとして据えられているようです。『月と六ペンス』もそうだし、作家モームのテーマなのかもしれませんね。
ほらね。やっぱり古い作品の方が好きだ、私。
来週はちょっと小説からまた離れたものを読もうかと思っています。

2008年11月29日土曜日

トルコ料理の夕べ&読書

今日は授業がないのに会社へ行きました。仕事もちょっとしましたが、主な目的はみんなで食事すること。
土曜出勤の方々と一緒にトルコ料理を食べに行ったんです。

このお店、会社の近くにあって、とっても美味しいんですが、何せ店員さんにウチの養成講座の卒業生がいるため、プライベートでは入りにくい。会社の人たちとなら、何も気にせず行けるのですが…。

トルコ料理って、しょっちゅう食べたくなるようなものではないのですが、たまに食べると美味しい。料理って、材料となる野菜は同じなのに、国によって、文化によってまったく違う食べ物になるから面白いですよね。前菜の盛り合わせの中に入っていた、ひよこ豆のペーストが美味しかったなぁ~。それから、ケバブって言うんでしたっけ?鶏や羊の肉を焼いたもの。羊が苦手な方は、こういうのは食べられないんでしょうけれど、私はガッツリ食べたくなってしまいます。
ビールはあっさりしていて飲みやすいタイプ。本当はガンガン飲みたかったのですが、先輩方が抑え気味にしているようなので、一人で飲むわけにもいかず…我慢。ま、何でもほどほどがいいんですよね。ガンガン飲むのは、年末の忘年会までとっておこう。(…忘年会で飲むことを今から宣言している私ってば…どれだけ酒飲みなんだよ!!)

それほど酔わなかったこともあり、帰りの電車の中は読書タイム。酔っていたら、立っているだけでも大変ですもんね。
昨日・今日で読んだのは築山節/著『脳が冴える15の習慣』(生活人新書)。
最近、脳について書かれているものをよく読んでいる気がする。別に仕事に生かそうとか思っているわけではないんですけどね、なんとなく自分に何かプラスになるといいなぁと思って。(こういうところ、A型なんでしょうね。『A型の自分説明書』を読んでいて笑ってしまったんです。「もっともっとすごくなぁ~れ、自分」っていうところ。私ってこういうタイプだなぁって)

飲み足りないなぁ~、ガッツリ食べればよかったかなぁ~、と思いながら読んでいたら、開いたページに「脳のためにも腹八分目と、適度な運動を心がけよう」なんて書かれていました(^^b
ここからもわかるように、この本は生活習慣を見直す、仕事の際の段取りなどを見直すことで、脳の働きを助ける(脳を鍛える)ことを説いています。「わかっちゃいるけど…」の生活習慣。面倒くさがり屋の私にはなかなかできないけれど…少なくとも生活リズムを崩さないように、起きる時間くらいは一定にしておくかな。

電車の中で読み終わってしまったので、途中の乗り換え駅の本屋で新しい本を買いました。
次は久しぶりに小説です(^0^)

2008年11月27日木曜日

「感じない子ども こころを扱えない大人」


昨日、今日と読んでいた本です。袰岩奈々/著『感じない子ども こころを扱えない大人』(集英社新書)
かなりストレートなタイトルですよね。内容はタイトルそのままです。
最近の凶悪犯罪の原因が「家庭」にあるとか「教育」にあるとか、いろいろ言われていますが、じゃあ具体的にどうしていけばいいのか、ということのヒントになる本です。悪いと知りつつ、どう変えていいのかわからない自分の言動。それをどうしていくか、答えは人によって違うので、明確な「正解」が書かれているわけではありませんが、どういう方向に思考を持っていけばいいのかということについて、時に母親の目線で、時にカウンセラーの目線でアドバイスがなされています。
私は「母親」という立場にはなったことがありませんが、たとえば自分が甥や姪に接するとき、どういうことを話しているだろうと思い返してみたら、冷や水を浴びたような気分になってしまいました…(^^b
「私、嫌われているのかな…」
子供がこんなことを言ってきたら、なんと返事をしますか?
正直なところ、「どうして?」という返事以外に思いつかなかったんです、私。
「そんなことないよ」とか言われても、「母親には嫌われていなくても、学校では…」とか「口ではどうとでも言えるよね」と思ってしまう子どもの気持ちは想像つくので、安易にそういう返事はしないと思うのですが、仮に子供がこんなことを言ってきたら、親としてはショックを受けて、「どうして?」としか返せないと思うんですよね。でも、ここで私の至らないところは、「どうして?」と聞き返された子供の気持ちが想像できなかったことなんです。
「どうして」って聞かれてもね…。何となくそう感じるだけだよ…。
もしかして、本当に嫌っているから、慌てて質問してきたのかな…。
こんな風に思ってしまう可能性もありますよね。「どうして?」と聞き返すということによって。
私がこれしか思いつかない、と思ってしまった返事は、却って相手を不安にさせる要素があったわけです。
子供のことだけでなく、仕事にも置き換えて考えてみました。教師養成講座の受講生が行った実習についてコメントするとき、できるだけ相手のことを考えて言葉を選んでいるつもりなのですが、本当に考えられていたのだろうか…?と。
「こう言ってしまったら、気分を害するだろう」と思ってAという表現を避けることをしますが、それによって選ばれたBという表現を言われたらどう思われるか、ということまで考えていなかったような気がするのです。あと一歩踏み込むだけのことなのに、それができていなかったとは!!
正直、情けないです。。。
今担当しているクラスは、あと2日で実習が終わってしまうのですが、その2回を大切にしたいと思います。
そして、もうすぐ始まる次の実習クラスに臨む時には、もう一歩踏み込んでコメントを考えることをテーマにしたいと思います。

2008年11月24日月曜日

『経済はナショナリズムで動く』

現在読んでいる本です。『経済はナショナリズムで動く』中野剛志/著(PHP研究所)
私は別に経済に興味があるわけではないのです。ただ、(私をご存じの方はおわかりだと思いますが)著者が非常に身近な人なもので、読んでおいたほうがいいかなと思っただけで。

経済にまったく疎い私でもちゃんと読める本です。これまでバラバラに知っていた現象(世界情勢)同士のつながり、原因等、あまり良く分かっていなかったことについて勉強させてもらった感じです。
ただ、私はこれを経済書として読みながらも、根底にある「ナショナリズム」に自分の今模索している方向と似たようなものを感じていました。この本でのナショナリズムは当然「経済ナショナリズム」のことですけどね、ナショナリズムはナショナリズムなんです。

「日本の経済はヤバイ!」「日本はどうすればいい?」
昔からよく叫ばれるこれらの声。この本はそんな次元のものではありません。これまで(そして今でも)経済学者たちが声高に唱える経済論について、「実は世界と逆行しているぞ!」と警鐘を鳴らしている本です。日本がグローバル化するために、ということで取られてきた様々な政策と、経済学者たちの論理。それが実はグローバル化ではない方向へ行っているのだということを、歴史を踏まえ、根拠を丁寧に示しながら記しています。

先日、仕事で「国際協力を仕事にする」ことを考える学生たちの就職相談に乗る機会がありました。
国際協力をするということは、日本について理解していなければ本気で取り組むことはできないと思うんですね。自分の国・自分の文化・民族を知らない人が、他民族・他文化を理解するのは難しいと思うからです。でも、「海外で働く」「国際協力」という言葉の響きのみに憧れている若者のなんと多いことか!

「選択肢の一つとして、国際協力もいいかな~と思って」

…なんじゃ、そりゃ。選択肢の一つって…たとえばどこかのお店で働くのと、国際協力するのは同じ次元のものなのかい??
国際協力=大層な仕事をする ということではありません(日本語教師だって「大層な仕事」ではありませんからね。「大切な仕事」ではあるけれど)が、自国について、そして世界について、少なくとも「人間」についてもう少し知らないと、「協力」にはならないと思うんだけどね。

経済書としてだけでなく、自分の国について考えるという点においても、この本はいいなと思いました。

2008年11月12日水曜日

「脳にいいことだけをやりなさい!」


昨日取り上げた本はこれです。マーシー・シャイモフ著(三笠書房)の『脳にいいことだけをやりなさい!』。
結構簡単に読めてしまいました。
ポジティブでいられる環境を作ること、ポジティブな思考回路を作るトレーニングをした方がいいということ、これはビジネスの成功というだけではなく、長生きや人生の充実にもつながるということが書いてあります。
「成功するから幸せなのではなく、幸せだから成功する」
「何かを手に入れたいという欲望は、それが実現しても本当の喜びをもたらしてはくれないばかりか、さらに別の欲望を喚起するだけ」
社会的に成功している人は、人々の尊敬の的になったりしますが、本人は幸せだとは感じていない場合も多いそうです。世界一の大富豪といわれる人も、「まだ十分ではない」と発言するほど。満ち足りた生活というのは社会的成功でも、金銭的財産でもないから。
確かにそうなのですが、それを見失っている人、あるいは誤解している人はとても多いですね。
私自身、「幸せとは何か」を混同しているところが無きにしも非ず。
私はここにもよく「仕事が忙しい」「体調が悪い」など書いていますが、この姿勢そのものが自分から幸せを逃しているものであると、この本に叱られた気がしました。
確かに、「忙しいよぉ」と愚痴るたびに、疲れが増しているような気がするのに、それでも愚痴っている。悪循環ですよね。だいたい、他人に同情してもらったって仕事が減るわけじゃないし、愚痴を聞かされている人だって疲れてしまいますよね。みんなでマイナスオーラを出すように私が仕向ける必要はないわけです。
簡単な本なのに、読んでいる間、結構反省しました。
昨日の笑顔の話もそうですけど、自ら楽しい方向へ進めるような選択をしていない今の自分に気づけて良かったです。
楽しく過ごしましょう!せっかく生きているんだから(^0^)
最近、いろいろな本を読んで、テレビなどでいろいろな人の話を聞いて、朧げながらですが、これから自分がどういうことを勉強していかなければならないかが見え始めてきました。
私が社会のためにしたいことができるようになるためには、まだまだ勉強が必要です。
目の前がぼんやりしか見えない霧の中にいた自分が、いくつもの道の分岐点にいたことがわかりましたし、今はその中からある特定の道を選んで一歩踏み出したところです。